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2017-10-07

【なぜ、フリーペーパーなの?】 #3 フリースタイルな僧侶たち

『フリースタイルな僧侶たち』というフリーペーパーを知っていますか? バラエティー番組『ぶっちゃけ寺』や、月9ドラマ『5→9(5時から9時まで)』が放送されるなど、昨今は空前の仏教ブーム。本誌はその名の通り、型に縛られない独自のスタイルで、仏教の素晴らしさを発信していらっしゃいます。今回はそんな『フリースタイルな僧侶たち』の編集長、若林唯人さんにお話をお伺いしてきました!

 

「フリーペーパーとの出会いが、仏教との出会いのきっかけになればいいな」

ーこのフリーペーパーを発行するようになったきっかけって、どんなことだったんですか?

お寺にお参りされるのは、ご高齢の方がほとんどなんですよね。「お寺で待ってても若い人は来ない。じゃあ、若い人がいる街中へ出て行けばいい」と、初代の編集長の池口龍法さんは思われたそうで、でも「手ぶらで行くのもあれだから」と思ってフリーペーパーを作ったのが、始まりだったと聞きました。「若い人に本当に仏教が必要とされていないのか、肌で感じたい」「同じ時代の空気を吸って生きてきた同世代の人に向けて、仏教を発信したい」ともおっしゃってました。
最初はここまで続くとは思ってなかったそうなんですが、応援してくださる方たちが増えてきて、おかげさまで8年以上続けてこられました。

―SFF2017では、「なぜ今フリーペーパーを作るのか」を中心にインタビューをさせていただいているのですが、フリーペーパーとして出していてよかったことはありますか?

作り手として「いいな」って思うのは、発行にお金がかかること、修正不可能なこと、取り消しができないことですね。
お金をかける価値がある記事になるように、少しでも情報としての質が高まるように、後押ししてくれるので。やっぱり作るときの緊張感があります。
僕らは仏教が少しでも身近になればという思いで作っていて。フリーペーパーとの出会いが、仏教との出会いのきっかけになればいいなと。ふと、街中で手に取った、その「たまたまの1回の仏教との出会い」が良いものになればなと思って頑張っています。
ウェブだともっと頻繁に情報発信できるだろうし、それももちろん大切なんですけど、僕たちは、時間をかけてエネルギーをかけて良い記事を作って、出会いの質を高めたい。そういう思いと「フリーペーパー」というのは、相性がいいなと思いますね。

 

「リアルなものとして残るっていう良さは、フリーペーパーでしかできないことだから、できるだけ続けていきたい」

―バックナンバーをウェブでも配信していらっしゃいますよね。クオリティが維持できるとしたら、いつかは全部ウェブにしてしまおうと考えることはありますか?

それもあるかもしれないですね。ウェブでも、情報としたら同じじゃないですか。だから、フリーペーパーじゃないといけないと究極的には言えない。でも、こういう出会い方っていうのが無くなるのは寂しいですね。

―なるほど。たしかにウェブだと、自分で調べないとたどり着けないことが多い気がします。

最近はSNSとかでバズる記事もあるじゃないですか。それで、自分に興味がなかった記事に出会うことが僕自身もあるし、調べなくてもたどり着いてもらう仕掛けってウェブでもできると思う。
だから絶対「紙じゃないといけない」とは言えないし、まずは読んでもらうことが大事ですよね。
でも、こうやってリアルなものとして残るっていう良さも、フリーペーパーでしかできないことだから、できるだけ続けていきたいかな。

―普段作るときに参考にしているものはありますか?

たまに一般の雑誌でも仏教特集が組まれますけど、そういうところは「逆に」参考にしてるかな。普通の雑誌やったらできひんような、例えば、リアルな「お坊さんの恋愛事情」とか(笑)。『フリースタイルな僧侶たち』だからこそできる記事を作ろうと思ったりはしますね。正直、怒られへんかなと思うこともあるけど(笑)、「仏教が身近に」というところが一番大事なので、思い切ってます。

―若林さんには2年前のSFF2015プレイベントでゲストとして登壇していただきました。当時ちょうど就任したばっかりだとおっしゃられていましたが、今まで続けてこられた原動力はなんでしょう?

原動力はやっぱり、仏教のことを「いいな」と思ってることです。

法話について教わった時に、「法話は、仏徳讃嘆だ」って先生が言ってはって。仏徳讃嘆(ぶっとくさんだん)は、仏さまのお徳を讃嘆する、ほめる、ということなんですけど、まぁ要するに、簡単に言うと「仏教、めっちゃいいねん」っていうことなんですよね(笑)。良い音楽を聴いたら、「めっちゃよかってん」って誰かに言いたくなるじゃないですか。それと同じです。僕自身、仏教を生きる良さを感じてるから。

もちろん、押し付けるようなことはしたいわけじゃなくて。でも、「仏教、いいんですよ」という思いを込めて作った記事を読んで、「お、仏教いいやん」と思ってもらえたら、それはやっぱり嬉しいことだし、それが原動力だなと思いますね。

―編集長として「これは守ろう」みたいな、持ち続けているものって何でしょうか?

色々あるけど、一番は、読んだ方の苦しみに効くか、かな。

仏教は「苦しみ」がテーマなんですよ。「この世の中に、苦しみを抱えていない人はいない」「人生は、思い通りにならないもの」と説かれていて。その苦しみの原因が「煩悩」で、煩悩とは具体的にどのようなものであり、どうしたら煩悩がなくなって苦しみから解放されるのか。そういうことを教えてくれるのが仏教なんですよね。
大学生の方でも、働く世代の方も、何かしらのしんどい思いを抱えてはると思う。「これは自分と重なるな」と思ってもらえて、しんどい思いが少しでも軽くなるような仏教の言葉を、ワンポイントでも記事の中に入れられるように心がけています。

手に取りたいだけじゃなくて、手元に残したいとも思ってもらえるように、やっぱりクオリティは大事」

―この2年半の中で、思い入れのある号はありますか?

うーん、いっぱいあります(笑)。例えば、この恋愛の号(VOL.41)は、まず企画がお坊さんじゃない人からの発案なんですよね。『5時から9時まで』っていうお坊さんと一般女性の恋愛ドラマにハマった女性ライターさんが、「お坊さんのリアルな恋愛事情について特集したい」って言ってくれはったのがきっかけで。だから、そもそもの関心が、受け手に近いところにあるんですよね。

僕らってどうしても、「仏教を身近に」とか言いながら、こっち目線で、お坊さん目線で発信しちゃうから。でもこれはちゃんと、少なくとも1人の女性の思いに応える形で実現した企画で、やっぱり反応も良かったんですよ。あぁ、こういうことをしていかなあかんな、って思いました。
それと、攻めた企画ということだけで終わるんじゃなくて、ケンカとか失恋した時に、お坊さんは仏教の教えからどのように対応してるのかも書いてるんですけど、その内容について良かったという声もあって。それも嬉しかったですね。

ちなみに、この号は『NEWS ZERO』でも取り上げられました。

それと、VOL.37は、修行時代に修行仲間の方が自死されて、そのことをどう受け止めればいいのか、修行を続ける中で、ご自身の中で答えが出たときの話なんですよ。すごく重たい話なんですけど、この号を発刊した後、僕たちのイベントに申し込んでくださった方の中に、「直接、感想とお礼を伝えたかった」という方がいらっしゃって。身近な方を亡くされて、何年も忘れられないし、今でも悲しさを覚えることがあるけど、この記事を読んで、その別れを受け入れられるようになった、というようなことを言ってくださったんですよ。「毎号楽しみに、その言葉に救われている読者がいることをお知らせしたかった」とも言ってくださって。みんながみんなに届いたわけじゃないかもしれないけど、少なくとも1人には、深く響いた。それだけで、この号を出せて良かったなと思ったし、出した意義を感じました。

手に取ったときは、自分自身の問題じゃなかったとしても、しばらくして突然の別れがあるかもしれないし、失恋したりケンカしたりすることもあるかもしれない。その時に、またページを開いてもらえるかもしれないじゃないですか。そして、記事の中の言葉に支えられる、ということになったら、いいですよね。

だから、「手に取りたい」だけじゃなくて、「手元に残したい」とも思ってもらえるように、やっぱりクオリティは大事です。

「なぜ発信したいか、っていうWHYのところが1番大事」

―最後に学生のフリーペーパー制作者に一言お願いします。

WHAT・ HOW・ WHYで考えると、僕らの場合はWHATが仏教で、HOWがフリーマガジンです。で、なぜ発信したいか、っていうWHYのところが、1番大事じゃないかな。さっきも「仏徳讃嘆」と言ってましたけど、どんなメディアでも、「伝えたい」という思いが根源にあると思うんですよね。自分自身が感動したこととか、「これは人に伝えたい!」っていうこととか。

フリーペーパーを作ること自体すごくエネルギーのいることだから、フリーペーパーを制作している方は、WHYの部分が熱いと思う。そこを、感じたいですね。そんな熱いフリーペーパーを、読みたいなぁ。

 

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